1938年5月23日から、音楽民俗学者のアラン・ロマックスの聞き取りにより、アメリカ議会図書館で歴史的な録音が行われました。ピアノを弾きながら語るスタイルのこの録音は、初期ジャズの誕生やニューオーリンズの音楽環境を伝える第一級の生きた史料です。彼は自身の半生や即興の実演だけでなく、同時代のミュージシャンや娼話、街の雰囲気まで赤裸々に語り尽くしました。自己誇張も含まれるものの、口承史としての価値はきわめて高く、後年『コンプリート・ライブラリー・オブ・コングレス・レコーディングス』として作品化され、初期ジャズ史を検証する上で欠かせない文化遺産となっています。

1938年、音楽民俗学者のアラン・ロマックスとジェリー・ロール・モートンの間で実現したアメリカ議会図書館(クーリッジ講堂)での録音は、ポピュラー音楽史上初の大規模な「音で聴く口述歴史(オーラル・ヒストリー)」として極めて高い価値を持っています。
この録音の内容や、二人の間に纏わるエピソードについて詳しく解説します。

1.録音の経緯とふたりの出会い
当時、アメリカ議会図書館のアーカイブを担当していたアラン・ロマックスは、主にアメリカ南部のフォークソングや民謡の収集を行っていました。ある日、ロマックスはワシントンD.C.の貧しい黒人街にある小さなバーで、かつて一世を風靡しながらも落ちぶれていたモートンと出会います。
ロマックスは当初、ニューオーリンズの古いフォークソングを数曲録音する程度の軽いインタビューのつもりで彼を招きました。しかし、モートンがグランドピアノの前に座り、弾き語りながら自らの半生を語り始めると、その圧倒的な雄弁さと語りの面白さ、そしてピアノ演奏のクオリティの高さに圧倒され、急遽数日間にわたる一大録音プロジェクトへと発展しました。

2.多彩で生々しい録音内容
録音は「モートンがピアノを弾きながら語り、時には歌う」というスタイルの連続で行われ、合計で約9時間(SP盤で100枚以上)に及びました。

3.ジャズの構造的解説(スペインのニュアンス)
有名な「スペインのニュアンス(The Spanish Tinge)」についての講義が含まれます。ラグタイムやブルースにハバネラなどのラテンリズムを融合させることがジャズの鍵であるとし、実際にピアノの左手のバッキングで実演してみせました。

4.初期ニューオーリンズの再現
伝承でしか知られていなかった初期ジャズの伝説的人物バディ・ボールデンのスタイルや、ライバルであった同時代のピアニスト(トニー・ジャクソンなど)の演奏スタイルを、模倣を交えてリアルに再現しました。

5.裏社会と街のリアルな空気感
赤線地帯「ストーリーヴィル」の娼家での出来事、賭博(ギャンブル)のルール、ギャングや裏社会の人物像、葬式パレードの音楽(ニューオーリンズ・ブラスバンドの伝統)など、当時の文化と風俗をありのままに語りました。

6.無検閲の原曲とスラング
レコード会社からはリリースできないような、猥雑で卑俗な歌詞(いわゆる「Dirty Dozen」や「Murder Ballad」など)も、検閲なしで記録されました。

7.ロマックスとの対立と信頼(エピソード)
「ジャズはフォークソングか、芸術か」
フォークソング収集家であったロマックスは、ジャズを「民俗音楽(フォーク)」の文脈で捉えようと問いかけました。しかし、モートンは「ジャズは緻密に計算された高度な芸術であり、自分はその創造者(発明者)だ」という強いプライドを持っており、ロマックスの「素朴な民謡」としての扱い方に反発しました。

8.ウィスキーを飲みながらの熱弁
モートンはスタジオ(講堂)にウィスキーを持ち込み、杯を傾けながら何時間も情熱的に語り続けました。ロマックスは彼の誇大的な表現(自慢話)に眉をひそめることもありましたが、語られる具体性や音楽的な裏付けの正しさに徐々に引き込まれていきました。

9.歴史的意義と後世への影響
録音当時は商業リリースを目的としたものではなく、図書館の文化遺産として保存されました。しかし、ロマックスはこの録音をもとにモートンの伝記本『Mister Jelly Roll』(1950年)を著し、世界中にモートンの偉大さを再認識させました。

後年、この音源は復刻・CD化され、2005年にリリースされた『The Complete Library of Congress Recordings』はグラミー賞(最優秀歴史的アルバム賞)を受賞しました。

モートンの自慢話には一部誇張も含まれるものの、彼が残した音源は「ジャズがどこから生まれ、どのように形成されたか」を当事者の肉声と演奏で伝える、アメリカ音楽史上で最も重要なドキュメントの一つとして今なお高く評価されています。