ジェリー・ロール・モートンは、ニューオーリンズ出身のピアニストであり、初期ジャズの形成に極めて重要な役割を果たした作曲家です。「ジャズの発明者」を自称した強烈な個性でも知られますが、ラグタイムにラテンのリズムやブルースを組み込み、即興演奏と緻密な編曲を融合させることで、ジャズを芸術へと進化させました。彼が率いたバンド「レッド・ホット・ペッパーズ」による1920年代の録音群は、個々の自由なソロ演奏とバンド全体の完成されたアンサンブルが見事に調和しており、初期ニューオーリンズ・ジャズの最高峰として高く評価されています。
ジェリーは1890年頃に生まれ、10代でニューオーリンズの売春街のピアニストとして頭角を現しました。ギャンブラーやビリヤードのハスラーとしても全米を渡り歩く漂泊の人生を送り、ダイヤモンド入りの歯を見せびらかす派手な言動でも有名でした。1920年代のシカゴ時代に楽曲の録音で名声と富を手にしますが、世界恐慌とスウィング・ジャズの隆盛という時代の波に飲まれて急激に没落します。ワシントンD.C.の小さなバーで演奏するまでに落ちぶれた晩年、アメリカ議会図書館に膨大な口述記録と演奏を遺した後、1941年に不遇のままロサンゼルスで生涯を閉じました。