1951年3月5日にアイク・ターナーらがメンフィスのサン・スタジオで『ロケット88(Rocket 88)』を録音した瞬間、ブルースがロックンロールへと脱皮したと言われています。(諸説あり)
歪んだエレキギターの重厚な音色と過激なブギウギ・ビートが融合したこの曲は、史上初のロックンロール・レコードと称されています。都市部へ移動した黒人たちのシカゴ・ブルースやR&Bが電化・高速化し、それまでの伝統的なブルースの枠組みを超えて若者向けのアグレッシブな新ジャンルへと進化した歴史的転換点として語り継がれています。
当時、黒人音楽は「レース・レコード(人種レコード)」と呼ばれ、主に黒人コミュニティ内で聴かれていました。しかし、ラジオの普及により、白人の若者たちも密かにR&B局にチューニングを合わせ、その激しいリズムに魅了されるようになります。
1951年、オハイオ州クリーブランドのラジオDJアラン・フリードは、このアップテンポなR&Bを白人のリスナーにも受け入れられやすくするため、ブルースのスラング(隠語)であった「ロックンロール(Rock and Roll)」という言葉を使って番組で紹介し始めました。これが「ロックンロール」というジャンル名の定着点となります。
ロックンロールは全く新しい音楽として突如現れたのではなく、「エレクトリック・ブルースに、キャッチーなメロディと疾走感を加え、若者文化としてパッケージングしたもの」でした。
12小節の基本構造やブルー・ノート・スケールなど、ブルースが持っていた音楽的遺伝子は、そのまま1960年代のイギリス(ローリング・ストーンズやレード・ツェッペリン)へと引き継がれ、現代のロックへと発展していきました。